はじめまして,星出光俊と申します。

はじめまして,星出光俊と申します。

今般,ブログメディア「ASSIOMA」にて記事をかかせて頂く機会を頂戴いたしました。どうぞ,これからよろしくお願いいたします。

 

■ 自己紹介

私は,現在,銀座で弁護士をしています。個人から中小企業の法務を全般を行う,いわゆる「街の弁護士」です。

弁護士の業界用語では,私達のような弁護士を,大企業を主に相手にする大手と区別して「街弁(街の弁護士の略称)」と呼んでいます。契約書よりは,人間関係が事件になったものが多いといえるでしょう。

その中で,私に特徴的な業務としては,医療関係訴訟や労働関係訴訟が多いことが挙げられますが,特にIT系に深く携わっているわけではありません。

 

■ 大元氏の講演に出かけるきっかけ

では,なぜ特にITと深いかかわりがない弁護士である私が,「ASSIOMA」にかかわるようになったのでしょうか。

そもそものきっかけは,名古屋大学の河口信夫先生と,法学部のメールサーバーの件についてお打ち合わせをしたことに遡ります。当時,名古屋大学の卒業生のメールアカウントは,卒業後2年で消滅することとなっていました。それでは不便であるため,OB学生の連絡用にメールアカウントを恒久的に残すことができないかとの相談でした。

打ち合わせにあらわれた河口先生は,非常に頭の切れる方でありながら,まったく驕るところのない方で,私は,すぐさまその人格に魅了されました。その河口先生が,「IPv6」なるものを研究されており,「法律的には全く未知の問題が生じるかもしれませんね」とおっしゃっているのを聞いて,このような素晴らしい研究者がの作品が世の中に出るならば,将来,私も少しでも力になりたいと思い「IPv6」を勉強してみようと思ったのです。

ところが「IPv6」については技術的な話は文献がありますが,その社会的な意味づけは全くわからないものでした。自分自身,追加設備なく簡易に「IPv6」を利用する方法の一つである「トンネリング」によって「IPv6」を利用してみたものの,何ら楽しいものではなかったのです。

そのような中で,「IPv4アドレスの枯渇とIPv6導入」の専門家である大元氏の講演があると聞き,同氏の著書を購入したところ,技術一辺倒ではなく,社会的にはどのような変化があると考えているのかとの全体像につき詳述されていたのです。

 

■ 全体像の必要性

私は,技術一辺倒ではなく,全体像を描くことは,一頭地を抜く優れた専門家となれるか否かの大きな分かれ道と思っています。専門家という枝葉を担当するからこそ,全体像がなければならないと強調したいです。

私の職業である弁護士も,あたかも六法全書を全部暗記している人々などという印象を与えがちですが,法律だけを知っているだけでは,弁護士は,なんら役にたちません(勿論,法律を知らないと,さらに役に立ちませんが……。)。

即ち,法が社会に根ざすものである以上,法律を語るにあたり,社会の全体からみた妥当性というものを考えなければ,説得力は皆無です。そのため,法律の言葉を「その背景にある社会的実態を考慮しながら」「全体像をもって解釈する」ことが,優れた法律家となる必須条件だと思っています。

そして,社会的実態をいかに捉えるかは,何を正常な社会的実態と考えているか,つきつめていけば「君の理念は何か」ということにぶち当たります。

大元氏の著書を拝見して,全体像を忘れない専門家であるとともに,その先の理念をもっていると感じ,それから,講演のあるたびに出かけるようになりました。出かけてみると,志を同じくするものが集まるものでしょうか,大元氏もその友人も,みな熱い心を持っている人々であり,ますますのめり込んでいくようになったのです。

 

■ アナログの世界から

勿論,私はITの専門家ではありません。しかし,ITの専門家ではないが故に発信できるものもあると考えています。

即ち,私の職業と,大元氏をはじめとする他の「ASSIOMA」参加者の職業の大きく違うところは,皆さんの職業がデジタルを扱う職業であるのに対し,私の職業はアナログの世界だということです。しかるに,デジタルもアナログも,どちらも最終目標はコミュニュケーションにあり,人と人を結びつけるものです。

ならば,アナログの中にあったコミュニュケーションが,何を暗黙の前提としていて,何が欠けると成り立たないのかは,デジタルのコミュニュケーションをするにあたっても,大いに参考になる筈です。逆に,デジタルのコミュニュケーションにおいて新機能が実装されたときに,私達がアナログのコミュニュケーションで何となく行っていたものの意味を再確認することもあるでしょう。

そのような,アナログとデジタルの間を彷徨うことで,その根底にあるコミュニュケーションを深くすることができると信じています。

 

■ 狭間の世代で

私が大切にしている言葉の一つに

 

「天下無不是底父母」(小学)

 

があります。語義は,直訳すれば「世の中に間違った父母などいない」ということですが,「あなたという存在は,先祖なくしてあり得ない。自分で自己を究極的に否定できないが如く,自分のルーツもまた完全に否定することはできないのだ。それは,あなたの子孫にとっても同じである。綿々と続く世代の糸に思いを馳せて,先祖から得られたものに感謝し,その過ちは直し,子孫に対して良い形で続けて行こう。それが,先祖と子孫の間にあるあなたの役割だ。」くらいの意味であろうかと思います(全くもって学問的根拠はありません。)。

私達は,小さい頃は黒電話があり,長じては携帯電話が当たり前のようにある「狭間の世代」です。そのような狭間の世代にあって,アナログ一辺倒の時代も,デジタル全盛の時代も,ともに知る私達だからこそできる情報発信ができたらと思っています。

今後ともよろしくお願いいたします。

プロフィール
星出 光俊(ほしで みつとし)

東京・銀座(新井・小口・星出法律事務所)で弁護士をしています。一般民事を担当しており,特に医療系の訴訟や労働訴訟を多く取り扱っています。経済学部卒ということもあり,本ブログでは,法律問題のみではなく法と経済学に近い,問題から先に何があるのかを考察していきたいと思っています。




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星出 光俊(ほしで みつとし)

東京・銀座(新井・小口・星出法律事務所)で弁護士をしています。一般民事を担当しており,特に医療系の訴訟や労働訴訟を多く取り扱っています。経済学部卒ということもあり,本ブログでは,法律問題のみではなく法と経済学に近い,問題から先に何があるのかを考察していきたいと思っています。