インターネット3.0 – 変化の兆候 – ① FCCと通信事業者

“通信の中立性を遵守するために、インターネットの通り道となる通信事業者/ISPは土管であるべきだ”

永らく、ネット中立論によって、通信事業者/ISPのネットワークは土管にある事に徹してきた。しかし、最近様々な事情により、その状況が変わろうとしている。本連載では、インターネットがどのように姿を変えようとしているのかを過去の経緯から、順を追って説明していく。

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先週の金曜日、こちらに関わる件で、関係者の方々に帯域制御に関するトレンドを報告に伺って参りました。核心については述べる事は出来ませんが、私自身の見解としては、これからは単なる帯域制御という考え方ではなく、トラフィックトレンドを捉え、トラフィックコントロールという視点で、増加するトラフィックと付き合うための方策を考えるべきと提案させて頂きました。

 インターネットにおける帯域制御という物を題材にして、インターネットに今何が起きているのか?そこで関連しているビジネスプレイヤーがどのような変化を迫られているのかといった、変化の兆候を何回かにわけて、紹介したいと思います。

■インターネット3.0■
 今囘の日記のタイトル、インターネット3.0とは、誰が読んでいるわけでもありませんが、私が勝手に思っているだけです。しかし、今私が日々感じているインターネットの変化を考えると、この表現がしっくりくると感じています。簡単に私の中の世代を表現するとこのようになります。

 インターネット1.0 ~2002年
  ナローバンドの時代

 インターネット2.0 2002年~2009年
  ブロードバンドの時代

 インターネット3.0 2010年~
  インターネット・プラットフォームの時代

2010年まではインターネットを整備するインフラの時代であったと私は考えています。そして、これからはインターネットがあらゆるコンテンツを流通させるためのプラットフォームとしての機能を取り組み進化し、インフラの利活用が主役になっていく時代になると考えています。

世間では電子書籍の登場により、出版業界の行く末を考えるのが盛り上がっていますが、インターネツトの世界でも、水面下ではインターネット3.0の時代へ向けての変化を求められている業界が存在します。そこに向けて時代背景、政策、技術の進化を取り混ぜて紹介していきたいと思います。

■ネットワーク中立性と通信の秘密■
 私達が普段利用しているインターネット等の、いわゆる「ネットワーク」と呼ばれる物を構成している重要な要素に、「パケット」と呼ばれる物があります。ネットワークとは道路であり、この「パケット」と呼ばれる電気信号を運ぶためのインフラです。

 そして、この「パケット」を説明する時によく用いられる例として、「パケットとは小包だ」とよく良われます。皆さんがインターネットへメール等を送信する時にはこのパケットの送受信が行われます。パケットには小包と同じく、皆さんの送信元を示す「送り主の住所(送信元アドレス)」と「送り先の住所(送信先アドレス)」が記録されています。そして勿論小包には「中身(データ)」が入っています。

 もし、この小包(パケット)の中身を道路(ネットワーク)を通る度に中身を覗かれているとしたらどうしますか?考えて見て下さい。あなたが送った恋人宛のラブレターを高速道路の料金所でイチイチ開封されて中身を覗かれているとしたらどう思いますか?残念にも不合格だった、試験結果や不採用通知が覗かれていたらどうしますか?

 きっと、そんなの「嫌」ですよね。ですから、原則として郵便小包の中身を、道路で覗かれるような事がないのと同じように、ネットワークの世界でも「パケットの中身を覗いてはいけない」という事を、電気通信事業者には守る義務が存在します。これが「通信の秘密」と呼ばれる物です。

 更に、皆さんが道路を使う時に「ここは、年収500万以上の人しか通っちゃいけないんだよ」だったり、「ここは日本人しか通っちゃだめだよ」というような事を言われた事があるでしょうか?無いですよね。道路というものは、人や動物に関わらず、誰でも利用できる公共的な物であり、「公平に利用」する事が前提です。ネットワークの世界でも「ネットワークとは中立な存在であり、全てのパケットは公平にとり扱わなければならない」という事を、電気通信事業者は守る義務があります。これを「通信の中立性」と言います。

■「ネットワーク中立性と通信の秘密」、「溢れるトラフィック」に揺れる通信業界■
 ネットワークの帯域制御を検討する上で、この「通信の秘密」と「通信の中立性」を避けて通る事は出来ません。何故ならネットワーク上の帯域を制限するという事は、通信事業者の視点でパケットを選別し、道路(ネットワーク)を通るパケットに対して、このパケットは通って良し!これは駄目!という事を判断する作業を求められるからです。

 ネットワークが公平に利用される事を求められている物であるならば、誰が「このパケットは破棄して良し、このパケットは通って良し」と判断するのでしょうか?それは少なくとも法律の限りでは、通信事業者にその権利は無いものとされています。

 更に「このパケットは破棄して良し、このパケットは通って良し」と通信事業者が判断するにしても、「パケットの中身を覗いてはいけない」という「通信の秘密」を守っている限り、そもそも判断出来ない筈です。

 従って、通信の秘密と通信の中立性の観点から言えば、流れるトラフィックを制御する「帯域制御」は、本来実施される事はありえない事になります。

 しかし、2002年頃からP2Pトラフィックの増加によって帯域制御が検討される動きが出てきました。P2Pによる極端な帯域占有が、その他のアプリケーションを利用しているユーザの利便性を損なう、もしくは通信に支障が出るという議論が行われるようになり、一部のISPがP2Pに対して帯域制御を行うようになりました。一説によると、全体の10%のユーザが90%の帯域を占有しているというISP等もあったようです。皆さんが高速道路に乗ろうとしても、P2Pという団体の車だけで車線を全て占有されており、慢性的な渋滞が発生し、高速道路を利用したくても利用出来ない状態を想像して貰えばわかりやすいでしょう。

 こういった状況を打開するために、自社のP2Pを利用していない大多数のユーザを守るという観点から、「通信の秘密」「ネットワーク中立性」を破る危険性を持ちながらも、ISP/通信事業者の間で、P2P制御のための帯域制御装置の導入が検討されるようになりました。

■ネットワークとは土管であるべきというFCCの主張■
 米国には通信事業者の法制度等を管轄するFCCという組織があります。
 FCCは2005年8月に、通信事業者が適切な運用が可能である限り以下の四つのポリシー文書を発表しました。

1.消費者は、自らの選択によって合法的なインターネットのコンテンツにアクセスできる権利がある。
2.消費者は、自らの選択によって警察当局の対象である以外、アプリケーションやサービスを実行する権利がある。
3.消費者は、自らの選択によって合法的でネットワークに害を与えない機器を接続できる権利がある。
4.消費者はネットワーク事業者、アプリケーション・サービス事業者、コンテンツ事業者間における競争環境を享受できる権利がある。  

 ネットワークとは、全ての者にとって平等に取り扱われる者であり、それを利用する消費者は合法的な用途で利用する限り如何なる制限も課せられないとした文書です。

 しかし、米国CATV大手のコムキャストが2007年頃からP2Pユーザに対して帯域制限を行っているという噂が流れました。コムキャストはこの噂を否定しましたが、第三者機関の調査等によって、帯域制御の存在が明らかになり、米国FCCが2008年8月コムキャストに対して、上述した中立性ガイドラインに抵触したと結論づけ、「差別的ネットワーク管理に関する改善命令」を下しました。

 コムキャストはP2P制限に対して「ヘビーユーザーがほかのユーザーに弊害を与えないための処置」と主張していましたが、その主張は認められず、如何なるトラフィックであったとしても、「ネットワークの中立性を侵害してはならない」という米国FCCの強い姿勢を世の中に周知させる事例となりました。

 同じように、日本国内でも前述した「ネットワーク中立性と通信の秘密」とは、消費者の利権と、ネットワークを利用した適切な競争を促進させるために存在する法律であるため、このFCCの下した判決は日本国内の通信事業者にも大きなインパクトを与えました。

 そして、オバマ政権発足後の2009年10月22日にFCCは次の二つを追加する声明を発表しました。

5.適正なネットワーク管理が可能な限り、ブロードバンドインターネット事業者は、合法的なコンテンツ、アプリケーション、サービスを不当に取り扱ってはならない。
6.適正なネットワーク管理が可能な限り、ブロードバンドインターネット事業者は、ユーザやコンテンツ、アプリケーション、またはサービスプロバイダに対して、ネットワーク管理やその他運用に関する情報を適正に開示しなければならない。

 2005年に発表された4つのポリシー文書は主に消費者の利益を主張した物であり、それを運用する事業者側の裁量にまかせるとも取れる内容でした。しかし、今囘追加された2項目は事業者側に対する条文でした。

 更に従来まではあくまでも「ガイドライン」であった物が、全六項目を含んで法制度化するという発表であったため、通信事業者は大きく反発するという事態に発展しました。※現時点では、まだ検討中であり法制度化は行われておりません。

■何故通信事業者は土管になる事を拒むのか?■
 私達消費者の観点からは、FCCの主張は大いに指示したい内容です。インターネットを利用するのに特定のサイトの表示は遅い、こっちは早いというのが、コンテンツプロパイダーの技術力の差であるならば諦めは付きますが、通信事業者がそれを意図的に行っているとしたら問題です。更に、自分の送信したメール等が通信事業者に検問されて、知らぬ所で破棄されているなんていう事があれば大問題です。

 しかし、通信事業者側からすれば別の事情があります。

  1.加入者が増えない限り収入が増加しない
   P2P等によってトラフィックが増加しても、定額料金性では通信事業者は収入が増えません。トラフィックトレンドの変化によって、自社の計画している設備投資計画を簡単に変更するわけにはいきません。例えばIX事業者と呼ばれる事業者に対して発生する料金は1Gbpsで50万円前後、10Gbpsの接続料金は一ヶ月で200万円になります。加入者が増えないのに、トラフィックが増えればそれだけ通信事業者の負担が増える事になります。先日発表された総務省の「わが国のインターネットにおけるトラヒック総量の把握」からも、ブロードバンド加入者数の契約数が停滞気味であるのとは反比例して、1契約辺りのトラフィック量は増加傾向にある事が読み取れます。


 自社の運営を行っていくための適切な運営状態を保つために、過渡なトラフィックを発生させているユーザ等を規制したいと考えるわけです。

  2.インターネット上のサービスが自社のサービスと競合する
   通信事業者の多くは電話による音声サービスを行っているか、CATVのように放送コンテンツを保有しているケースが大半です。自分達が土管を貫く事により、Google VoiceやSkypeは音声ビジネスの縮小を招き、Youtube等はCATVの放送コンテンツからユーザを奪い、トラフィックの増加は通信事業者/CATV/ISPを苦しめる存在にまで成長しています。

  3.音声収入、映像収入による収入が無くなり、データ通信料のみが収入となる
   通信インフラが充実し、インターネット上に無料のHD画像の動画視聴サービスや、テレビ電話会議サービス、VoIPによる音声サービスが充実してくれば、自分達の収益の柱であった事業収益部門が減少傾向になり、「加入者が増えなければ収入が増えない」データ通信サービスのみが残る事になります。

 このような理由から、通信事業は「流れるトラフィックを素直に流す」土管に徹するという事に対して、事業存続という観点からも強い危機感を持っています。

 ※この辺りのトランジットビジネスの収入低下等は、私が以前に書いた「Google ブロードバンドサービス参入の目的と影響を考察する」■回線速度向上に前向きに取り組めない通信事業者の事情■も参照頂ければ幸いです。

■参考資料■
 日本のインターネットトラフィックの推移。1年間でトラフィック量が40%増加している。出典:総務省「わが国のインターネットにおけるトラヒック総量の把握」

 
 ※この連載は2010年2月28日にITmediaオルタナティブブログに掲載されたものです。



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  • プロフィール

    大元隆志(おおもと たかし) 通信事業者のインフラ設計、提案、企画を12年経験。異なるレイヤーの経験を活かし、技術者、経営層、 顧客の三つの包括的な視点で経営とITを融合するITビジネスアナリスト。業界動向、競合分析を得意とする。Yahoo!ニュース講談社 現代ビジネスCNET翔泳社EntepriseZineITmedia マーケティングITイニシアティブ、等、様々なIT系メディアで活躍する。SNSビジネス特集でNHK教育テレビに出演。ソーシャルメディア系イベントしては国内最大級となるソーシャルカンファレンス主催者。著書に「ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦」「ソーシャルメディア実践の書」、「IPv4アドレス枯渇対策とIPv6導入」がある。所有資格 米国PMI認定PMP、シニアモバイルコンサルタント等。