Facebookフィードにおけるマナーを考える。コメント削除は無礼?

フィンランドの小学生五年生が考えた、意義有る議論にするための「十か条」というものがある。こちらがそれだ。

    一.他人の発言をさえぎらない
    二.話すときは、だらだらとしゃべらない
    三.話すときに、怒ったり泣いたりしない
    四.わからないことがあったら、すぐに質問する
    五.話を聞くときは、話している人の目を見る
    六.話を聞くときは、他のことをしない
    七.最後まで、きちんと話を聞く
    八.議論が台無しになるようなことを言わない
    九.どのような意見であっても、間違いと決めつけない
    十.議論が終わったら、議論の内容の話はしない

とても小学五年生とは思えない、しっかりした内容になっている。日本の学生、いや、社会人でさえこれらを意識して議論していることは少ないのではないだろうか。

■Facebookフィードで「コメント削除」は無礼なのか?
 本当に極まれにだが、Facebookフィードに投稿した内容に対して、上記の十か条に該当するコメントをする人がいる。私はそういういった人を「コメントストッパー」と呼んでいる。

 「コメントストッパー」とは? 皆で楽しく賑わっているコメントが続く中で、乱暴な口調や、人によっては下品と感じるような口調で、流れを止めてしまう人のこと。リアル・ワールドの「KY」と同義語。

 そういったコメントストッパーから投稿が投げ込まれると、大変申し訳ないがコメントを「削除」することにしている。その人に注意すればせっかくみんなで楽しんでいる会話のムードが一転してしまう恐れがあるからだ。「削除」することで「削除」された人に他者に知れることなく「暗黙的」に「そのコメントはお控えください」という通知になると考えてもいる。
 ※これは、個人利用のFacebookフィードに寄せられた投稿の話、個人対個人の会話ということが前提である。企業のオフィシャルサイトに寄せられるコメントを前提とはしていない。

■情報発信者は聖人君子で無ければならないのだろうか?
 私自身、こうしてブログを書いたり、時折書籍等を書かせて頂いているが、お世辞にも自分が「有名人」だとは思っていない。ほんの僅かな人にだけ知られる存在「マイクロセレブ」であると認識している。だからといって何か得することがあるわけでもなんでも無い。ただ、自分の言葉に耳を傾けてくれる人の存在を嬉しいと思い、そういった人たちに向かって言葉を投げかけている。「狭い範囲の自己満足」と言われてしまえばそれまでかもしれないが、自分の声の届く範囲の人に自分の考えを伝えられることで十分満足している。勿論、少しずつ遠くへ届けられるよう努力はしているが。
 むろん、それらはソーシャルメディア上で展開されているので万人の目に触れる可能性があることは熟知しているが。

 しかし、情報を発信している人間とて「普通の人間」なのだ。心無いコメントに傷つくことだってある。韓国ではネットの誹謗中傷が原因で自殺した芸能人も存在する。ワキアイアイと会話をしている所に突然押し入ってきて「お前の言っていることは間違っている!」とまくしたてられては、腹がたつことだって勿論ある。

 それでも、それは自分だけが我慢すれば良いことであって、誰にも知られずに「削除」すれば嫌な思いをするのは自分だけなですむ。そう思って、乱暴なコメントや、猥褻なコメントを時折削除するのだが、コメントを削除されたことに腹を立てる人も現れる。また、そのことに対して「有名税だから仕方ない」と擁護する人も現れる。

 情報発信者とはそれほどまでに人間が完璧な「聖人君子」でなければならないのだろうか?

■もし私のコメントが削除された時に思うこと
 逆の立場にたって考えてみよう。もし、私が誰かのフィードにコメントをして削除されたとしたら、私はきっとこう思うだろう。「あっ、失礼なこと書いてしまったかもしれない」と。幸い、そういった経験はまだ無いが、時折お酒の勢いなどで「あっ、言い過ぎた!」と仲の良い友人相手になら書きすぎてしまうこともあったりするが、そういった場合は自ら削除するか、慌ててフォローの投稿をしたりしている。人間誰だって完璧では無い。

■実名交流の時代。ネットのマナーも次のステップに進むべきでは?
 Facebookが普及したことで、実名での堂々とした交流が支持される文化がジワジワと浸透してきている。そういった場での会話で、どんなにぶしつけな態度でコメントを発しても「なぜ答えない!?なぜ削除した!?」という、「俺が書き込んでやってるんだから、答えるのが当然」という昔ながらの文化は、そろそろ変えても良いのでは無いだろうか?

 Facebookフィードに限らずソーシャルメディア上での発言は、あなたと相手以外の第三者にも見えている。その発言を見て嫌な気分になるのは、その第三者にも「嫌な気持ち」が伝播するということをまず考えてあげて欲しい。

■コミュニケーションを円滑にするための三つのアドバイス
 それでも、もし、相手の意見を正す必要があるのなら、以下の三つを実践されること推奨する
 
 ・個別でメッセージで伝えることで、相手はあなたが否定ではなく「アドバイス」をくれたと理解するだろう。
 ・もし、あなたの意見が正しく、発信者の意見が間違っているのなら、真正面から否定するのではなく、相手の意見を一旦受け入れた形で、自分の意見を伝えた方が、相手も間違いを正しやすくなるだろう。
 ・もし、発信者の意見より、更に良い意見があるのなら、「Yes、But」では無く「Yes、And」と続ければ、耳を傾けてくれるだろう。

 最後に、最も大切なことだが、これらの考えは、あくまでも「私の考え」である。推奨はするが強制はしない。コミュニケーションとは理論の上では色々言えても、その捉え方や、実践の仕方、感じ方は千差万別。だからこそ「個性」なのだと思う。色々な個性があって良いと思うから、そろそろ「議論の十か条」に該当するコメントは削除しますという「個性」が存在しても良いのでは無いかと、私は思う。



この記事のタグ: ,


関連する記事

  • FBで人に言えない「内緒のコミュニティ」に入るのは気をつけよう

  • 市場原理に従い質低下が危ぶまれる東洋経済オンライン

  • Facebook Wi-Fiの衝撃

  • Facebook投稿 「宣伝する」 機能を使ってみた

  • 2013年版 絆の種類

  • ソーシャルCRMでコールセンタのコスト削減

  • ソーシャルメディアが晩婚化を助長する?

  • 「SNSで目立ちたい症候群」に企業はどう対処すべきか

  • イノベーションを生み出すスマートオフィス

  • 差が付きはじめた携帯三社のソーシャル評判


  • プロフィール

    大元隆志(おおもと たかし) 通信事業者のインフラ設計、提案、企画を12年経験。異なるレイヤーの経験を活かし、技術者、経営層、 顧客の三つの包括的な視点で経営とITを融合するITビジネスアナリスト。業界動向、競合分析を得意とする。Yahoo!ニュース講談社 現代ビジネスCNET翔泳社EntepriseZineITmedia マーケティングITイニシアティブ、等、様々なIT系メディアで活躍する。SNSビジネス特集でNHK教育テレビに出演。ソーシャルメディア系イベントしては国内最大級となるソーシャルカンファレンス主催者。著書に「ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦」「ソーシャルメディア実践の書」、「IPv4アドレス枯渇対策とIPv6導入」がある。所有資格 米国PMI認定PMP、シニアモバイルコンサルタント等。