ノマドかフリーランスかサラリーマンか?多様な働き方が出来るワークライフ・リ・バランスを考える時代

ネットでは何故か「ノマド」論が熱い。今の所、自分には縁の無い働き方だったし、少し前までは、ノマドこそが理想の働き方で「サラリーマン的社蓄」は最低という論調が多かったように感じていたが、最近は「一方的なノマド崇拝」熱もトーンダウンしてきたようで、冷静な話をしても良い頃かと思うので、少し自分の考え方を書いてみたい。

■多様化する働き方
 こちらに、現在多く語られる働き方の特徴についてまとめてみた。色々な呼び方は様々だが、大別すると、「自営業」か「会社員」にわけることが出来るだろう。そして、その中で、働く拠点をどこに比重を置くかで細分化することが可能だと考えている。

 

 客観的に見れば、雇用形態と働く場所が大きく異なるだけだろう。それら二つの違いが、就業時間や仕事に対する価値観に変化を与え、ネット上の文脈では「自営業は自由」、「会社員は就業規則や組織の一員として働く社蓄」と評されることが多いと感じる。

 逆に言えば、雇用形態と働く場所以外には大差無いのでは無いかとも思う。そこに何故か「マインド」の違いが入り、「社会貢献」「ジョブスのように好きなことを仕事にして世界を変える」といったスパイスが加味されると、ノマドは急に崇高な働き方となり、ノマドだけが特別な働き方で、これからのワークスタイルはノマドになるべきと主張しだす人が多いように感じる。

 一社会人の意見として、それは「マインド」の違いであって、ノマドである必要は無いと思う。そもそも企業とは、社会に対する「価値」を提供することで収益とし、より多くの「価値」を提供するために「組織化」された集団だ。企業が収益を得るということは、世の中に必要とされているということであり、それは「社会貢献」なのだ。「ジョブス」は世界一のIT企業のトップであり、「世界を熱狂させる程の価値」を提供した。

■働き方、思想には憧れる
 「自分には縁が無い」とは言ったものの、会社では「スナフキン」とあだ名されている人間なので「自由」への憧れは強い方だと思う。そんな自分にとって「働く場所、好きな仕事で食べて行く」という生き方には魅かれる物はある。
 
 私自身、大金持ちになりたいという願望は無いし、出世欲も強くない。だから、「物書きノマド」として食べて行くことが出来るのなら、どれだけ素晴らしいだろうと思う。
 
 しかし、私はそれをしない。はっきり言えばそれで食べて行く自信が無いからだ。

■好きを仕事にするのは、案外大変だと思う
 まず、好きなことを仕事にするという点に関しては、こちらのエントリーを参照頂きたい。私なりの「好きと夢中」について考えを述べている。一言で言えば、「好き」を仕事にするのは簡単。でも、それを継続し「食べて」行く事は難しいと思うということだ。

 好きを仕事にするために、ノマドになり、そこで誰もが知るような佐々木俊尚さんや、津田大介さんのように華やかな世界で活躍出来る人は、あきみちさんのエントリーにもある通り、極わずかな存在だろう。

■「個人事業主」ゆえの新規開拓の難しさ
 こちらのエントリーで”「フリーランス」と「ノマド」がセットで語られている”ということに対して熱い思いが語られていた。
 
 確かに、フリーランスとノマドの違いという、各々のライフスタイルを取る人達の間では、それぞれにこだわりがあるのだろう。働く場所が固定されているのはナンセンスだと言う人も居れば、定住する場所が無い人は信頼出来ないという人も居るだろう。
 
 しかし、お金を支払う側の観点で言えばどちらも「個人事業主」であることに変わりは無い。特に上場しているような大企業の場合は、新規の取引先と契約を行う際に信用力の調査を行う。長期的な取引を行うに適した相手かどうかをチェックする。一般的に「個人事業主」の信用力は低い。信用力が低いということは、新規開拓を行うのが難しいということだ。
 
 個人事業主間で、フリーランスかノマドかという論争を繰り広げるのは自由だが、取引先にとって、ワークスタイルは関係ないのだ。もっとも、「取引先の視点は関係無い」ということであれば、何も言うことは無いのだが。
 
 新規開拓を行うのが難しければ、特定の取引先からの仕事の消失が自分の収入を左右することになる。

■大企業も倒産する世の中、だから「ノマド」が良いの不思議
 確かに大企業と言えども倒産する。最近発表される企業の決算等を見ていても、ソニー、パナソニックといった日本を代表する大企業が軒並み巨額の赤字を計上している。
 
 しかし、だからと言って「大企業でさえ安泰では無い。だからノマドが良い」というのは少し違うのでは無いだろうか。前述した通り、ノマドであれ、フリーランスであれ、主な収入源は「企業」が取引先になるだろう。一部の才能のある人は企業に頼らずとも仕事を獲得することが出来るかもしれないが、大半の人は収入を安定させるために「企業」との取引を希望するだろう。
 
 フリーランスやノマドにとっての貴重な収入源である「企業」が不安定なら、そこに収入を依存している以上、どちらも大差無いのでは無いだろうか。しかも、「企業が不安定」になればまず初めにやることは「外注費の削減」だ。取引先企業が倒産するより早く、収入源の一つが減ることになるだろう。大企業も倒産する世の中で、一番先に影響が現れるのは、そこと取引をしている「周辺ビジネス」だと言う事を忘れてはならない。

 「企業」が不安定であるため、一つの取引先だけではいつ収入源が断たれるかわからない。それゆえに新規開拓を並行して行わなければならないが、それも個人事業主故の信用力の低さで新規開拓も難しい。こういった事情があるため、継続して食べて行くことは難しいだろうと考えている。だから、私は「働く場所、好きな仕事で食べて行く」ことに憧れを抱くが、実行には移せないでいる。

■宣言するような生き方なのだろうか?
 ノマドになる、フリーランスになるというのは、確かに本人にとっては人生の転機かもしれないし、「宣言」することが「宣伝」にもなるという点はあるだろう。だから、そのことについては否定しない。
 
 しかし、それを「カッコいい」みたいに持ち上げる風潮はどうかと思う。ノマドでも、フリーランスでも誰でもなろうと思えばなれるのだ。全て自己申告なのだから。それより、GoogleやFacebookに採用される方が余程難しいだろう。個人事業主になるのは自己判断、企業に採用されるには他者判断。世間では自己評価が高いことより、他者評価が高い方が評価される。人の価値とは他者(市場)が決めることだからだ。
 
 ノマドでもフリーランスでも5年、いやせめて3年以上続けて継続することが出来れば立派だと思うし、カッコいいと思う。更に家族も子供も養っているとなれば、尊敬すら感じる。中々個人でそこまで収入を途絶えさせずに続けるのは大変だと感じるからだ。私の周囲にもフリーランスを10年以上続けているような方も勿論いらっしゃるがそういった方々は「好きなことを楽しくやってきた」というより、「プロの自覚」の方が高いように感じる。「継続」出来た人には「尊敬」を感じるが、「ノマドなります宣言」をしただけの人は、その時点では別段かっこよくは無いと思うのだ。

■ITが可能にする「ワークライフ・リ・バランス」
 長々と書いてきたが、ノマド、フリーランス、在宅勤務、オフィスワーク、社蓄、etc、、、それら一つ一つは働き方の違いであって、「どれが良い」「どれが悪い」と言うつもりは無い。

 ノマド、フリーランス、在宅勤務、オフィスワーク、どれが良い、どれが悪いという「どれか一つ」という限定した議論が、そもそも不毛な対立を呼んでいるのでは無いかと思う。「どれか一つ」になるべきと主張する人達がその他の働き方を排除しようとし非難するので対立の溝を深めていくのだと思う。どれかが不要ということでも無くて、そういった様々な働き方を求める人や、働き方が可能になった事実は事実として受け止めるべきだろう。

 企業は最近のスマートデバイスの普及と、震災の影響、女性の社会進出といった観点から「場所にこだわらない働き方」の検討を始めている。企業によっては副業を認める所も現れ出している。今後は、徐々にではあるが働き方自体の「多様化」が進んでいくだろう。

 「ノマドが良い」「社蓄は駄目」という論点では無く、「ノマドっていう働き方もあるんだね」「会社勤めも悪くないよね」という多様な働き方が、社会で「共存する」。一つの働き方に固執するのでは無く、時には複数の働き方も同時にこなす、それがこれからの働き方のあるべき姿では無いだろうか。

 仕事と生活、両方のバランスを考える「ワークライフバランス」という言葉が時折用いられるが、その言葉の背景には、行政や就業規則の改善を望む、どこか受身な考えのように感じる。これからは、スマートデバイス、ソーシャルメディアといったサービスを活用すること「多様な働き方」を自らでコントロールし、能動的に働き方を選択する「ワークライフ・リ・バランス」を可能にする社会になっていくべきでは無いかと思う。
 
■収入以外の会社に勤める理由
 最後に、私が会社に勤める一つの理由を述べておきたい。私は恥ずかしながら高校しか出ていない。最近流行の「大学に行く理由が見つからなかった」というカッコいい理由では無く、行けない事情があったからだ。そんな私でも、東証一部上場企業の社員として採用してくれた会社がある。そして、そのことを一番喜んでくれたのは、他でも無い、私の両親だった。
 
 今の企業に勤めることになった時、ITのことしか興味の無かった自分には「単に就職が決まった」ということでしか無かったのだが、昭和世代の両親、かつ中小企業勤めだった両親にとっては、自分の息子がテレビでCMを流している企業に勤めるということは、まさか夢にも思っていなかったのだろう。企業名を伝えたその夜に台所で涙を流していた母の光景は一生忘れることは無いだろう。
 
 私にとって、「今の会社で勤める」ということは両親の存在があるからという点は大きい。既に家庭を築いている人には「家族のために働いている」ということが大きいこともあるだろう。
 自分の才能で、自分のために自由に働くことをカッコいいと思う人も居る。しかし、その一方で、「誰かのために働くことがカッコいい」という見方があっても良いのでは無いだろうか。

★関連記事
 ・奇妙な国日本で、これから社会人になる人達へ
 ・そもそもノマドは定員が少ない
 ・ノマドとかライフスタイルをテンプレで語ること自体の陳腐化と正社員とノマドの中間解
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  • プロフィール

    大元隆志(おおもと たかし) 通信事業者のインフラ設計、提案、企画を12年経験。異なるレイヤーの経験を活かし、技術者、経営層、 顧客の三つの包括的な視点で経営とITを融合するITビジネスアナリスト。業界動向、競合分析を得意とする。Yahoo!ニュース講談社 現代ビジネスCNET翔泳社EntepriseZineITmedia マーケティングITイニシアティブ、等、様々なIT系メディアで活躍する。SNSビジネス特集でNHK教育テレビに出演。ソーシャルメディア系イベントしては国内最大級となるソーシャルカンファレンス主催者。著書に「ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦」「ソーシャルメディア実践の書」、「IPv4アドレス枯渇対策とIPv6導入」がある。所有資格 米国PMI認定PMP、シニアモバイルコンサルタント等。