ある一人の少女の死に学ぶ、ネットイジメの実態。逃げ場を失う子供達。

 スマートデバイスとソーシャルメディアの普及で、誰もが自分について情報発信出来るようになり、動画や写真を共有出来るようになった。
 スコットランドの片田舎に住み、学習障害をもち、同級生のみならが学校の先生にまでイジメられた経験を持ちながら、質素な生活を送っていた47才のおばさんの人生を激変させる事件がおきた。2009年4月11日イギリスの素人オーディション番組に垢抜けないおばさんが「ブリテンズ・ゴット・タレント」で「夢やぶれて」を歌い上げるとその容姿とは裏腹に天使のように透き通った歌声は多くの人が感動し、Youtubeの動画再生回数は9日で一億回を超え、さえないおばさんが世界を夢中にさせる「歌姫」へと変身した。スーザン・ボイルが瞬く間に大スターへと変身した瞬間だった。

 これらテクノロジーの進化で情報発信コストは限りなく安くなり、一夜にして世界に知れ渡る大スターを登場させる力を持つようになった。

 しかし、このテクノロジーの進化は使う方向を誤れば、「イジメ」をより陰湿なものに変える武器にもなってしまう。今、世界中で一人の少女の死が話題になっている。

 少女の名は「アマンダ・トッド(amanda todd)」。彼女はYoutubeで自らの「イジメ」の体験を告白し、「私には誰もいない」「誰か助けて」とメッセージカードで訴えかけ、2012年10月10日、彼女は自殺した。まだ15歳だった。

 アマンダさんは中学の頃インターネットに自らの写真を公開すると、多数の男性からコンタクトが有り、その中の一つに「裸が見たい」というリクエストが混じっていた。彼女がこのリクエストに応えてしまった。するとFacebookを通じてこの人物から「もっと見せないと知人全てに公開する」との脅迫を受けるようになった。その人物から彼女の全ての知人に対して写真が送付されていたことを警察から知らされる。

 この事件で彼女は、鬱病やパニック障害を引き起こすようになり、アルコールや薬物に手を出すようになってしまった。暫くして彼女は引っ越すが、その男性がFacebookで彼女のトップレスの写真をプロフィールにし公開。これを知った彼女は自傷行為を繰り返すようになった。自傷行為と孤独に苦しむ彼女にある日Facebookで男性からコンタクトがあった。その男性に救いを求めた彼女だったが、これも手のこんだ「イジメ」だったことを知らされる。

 アマンダさんが信じた男性が突如彼女のもとに15人の友人を引き連れ現れると「お前のことなんて愛していない」と彼女を罵り、殴り、地面に叩き付けらたのだ。信じていた男性に裏切られ、呆然とし涙に濡れる彼女を父親が発見した時、彼女は「溝」にはまり横たわっていたという。

 それでも、イジメは終わることが無かった。彼女が帰宅しFacebookを立ち上げると、彼女の目に飛びこんできたものは、自分が「溝」にはまり横たわる写真と、「死ねばいいのに」といった心無い言葉の羅列だった。この日彼女は漂白剤を飲み自らの命を絶つ選択をした。幸いにも命を取り止め、生きる道を歩みだした彼女は転校し新たな人生を切り開こうとしたが、それでもFacebookを開けば半年前のイジメの投稿が止むことは無かった。

 「私には誰もいない」、そう動画に記して、彼女は命を絶った。

■ハイテク化するイジメ
 ITとは道具であり、それを使う人間により、毒にも良薬にもなりうる。「イジメ」という課題に対しては「毒」として作用し、従来のイジメよりも被害者を苦しめている。

 従来のイジメと、ハイテク化したイジメの違いを列挙する。

 1) 肉体の強弱は関係ない
 リアルのイジメの多くは腕力等の肉体的に優位に立てる者がそれより弱い者に対して行うことが多い。しかし、ネットのイジメは肉体の強弱は殆ど関係ない。ネットがあれば誰でも誹謗中傷によって相手を傷つけることが出来る。ネットイジメは精神的に被害者を追い込んでいく。

 2) リアルのいじめだけだった時代は、家に帰れば安全地帯
 リアルのイジメは学校や会社等、イジメの現場を離れることが出来れば一旦は解放される。 しかし、ネットでは場所は関係なく、イジメは継続し、逃れることが出来ない。場所、活動時間に捉われず24時間イジメが継続する。

 3) 記憶ではなく、記録される
 本人が例え死亡したとしても、誹謗中傷は永遠に残り続ける。イジメの現場を写真や動画で撮影され、ソーシャルメディアで共有されれば、記録は半永久的にネットを彷徨う。

 4) 可視化の範囲
 リアルでは、イジメている人、イジメられている人という関係だったが、ネットではイジメている人、イジメられている人に加えて、ネット上に多くの眺めている人を作り出す。これにより、被害者の精神的被害はより大きくなる。

 5) 身近な人の目に届かない
 不特定多数の人には発見されやすいが、親、学校、職場といった身近な人には発見されない可能性がある。身近な家族が異変に気づくことが難しく、 状況によってはそれらに発見されたとしても止めることもできない。

 6) 圧倒的に有利な加害者
 ネットのいじめは匿名という世界に守られていて、苛める側が圧倒的に有利。肉体を痛めることも、誰かにとがめられることも、犯罪として逮捕され るリスクもリアルのイジメより圧倒的に低い。

 7) ネット自衛団による第三者によるイジメ
  多くのネットイジメは、「リアルのイジメの延長」であり、学校や職場のイジメがネット上でも継続するといったものだが、「ネット自衛団」による第三者による私的制裁が行われることがある、俗に言う「炎上」とも表現される。

■様々なネットイジメ
 1) 掲示板・ブログ・プロフによるもの
  不特定多数が見るサービスの特徴を活かしたイジメ
   - 匿名を利用した、特定個人への誹謗中傷
   - 特定個人の個人情報の掲載
   - 特定個人へのなりすまし

 2) メールによるもの
  被害者へ心理的恐怖感を与える
   - 匿名による脅迫メッセージ

 3) ソーシャルメディアによるもの
  ●軽微なもの
   - 特定の人の投稿にだけ「いいね」しない、「シェア」しない。
   - 写りの悪い写真などにわざとタグ付けする
  ●重度なもの
   - 被害者になりすましてアカウントを取得し暴言や虚言を投稿する
   - 誹謗中傷を被害者のウォールへ書き込む
   - Youtube等の動画サイトにイジメの現場を投稿する

■各国の条例
 進化の早いテクノロジーに対して政府機関の対応は遅れがちであるが、こういったハイテク化するイジメに対して、予防しようとする動きはある。

 ・韓国
  - 2007年、整形手術を受けたと噂が広がった女性歌手と女優が自殺。08年10月には、人気女優の崔真実(チェ・ジンシル)さんネットのデマを苦に自殺した。チェ・ジンシルさんは偽名で貸金業をやっているというデマがネット上で流れた。このチェ・ジンシルの自殺を契機に「サイバー侮辱罪」が設立された。

  - こういった問題に対して、ネットへの書き込みの匿名性に問題があると考えた政府は、2007年7月、「情報通信網の利用促進及び情報保護等に関する法律」(以下「情報通信網利用促進法」という)の改正による「制限的インターネット本人確認制度」(通称「インターネット実名制」)の新設に踏み切った。1日平均利用者数が10万人以上のポータルサイト、ニュースサイトを対象としている。しかし、韓国製のサービスのみが対象となるため、米国企業が提供するTwitter、Facebookにはこういった制度は適用外とされ、むしろ韓国のコンテンツプロバイダーから反対も強かった。

  - しかし、当初想定した誹謗中傷等の書き込みは減少することなく、むしろ個人情報漏えいリスクが高まり、言論の自由に対する「違憲」ではないかという声が高まり2012年8月23日インターネット実名制に憲法裁判所が「違憲」であるとの判例が出された。今後は実名制は廃止になりそうだ。

 ・米国
 - 米ニューヨークでは2013年7月1日からネットイジメを取り締まるための法案が施行される。メールやテキストメッセージ、Facebook等のSNSを利用したネットいじめを学校職員が認知した場合、1日以内に学校管理者に届け出ることが義務づけられる。

 ・欧州
  -  今年1月、欧州委員会がインターネット上における個人情報保護のために「忘れられる権利(“the right to be forgotten)」を提案。施行は2年後の2014年後半になると予想。
  この権利にはFacebookやGoogleといった「データの管理者」に個人データ削除を請求する権利が盛り込まれている。
   ・管理者に対し、個人データを削除させる権利
   ・管理者に対し、個人データの拡散を停止させる権利

 ・イギリス
  - 2007年に英国政府は「ネットいじめ」の防止キャンペーンを立ち上げた。
  Beatbullyingの最高責任者エマ・ジェーン・クロス(Emma Jane Cross)によれば、ネットいじめを原因とする若者の自殺は既に何件も起きているという。同社によるイギリスにおける11~18歳を対象にした調査結果では、ネットいじめの現状は下記のとおりである。
   ・61%がネットいじめを目撃したことがある。
   ・10人中7人がネットいじめを行った人物を知っている。
   ・ネットいじめの約3分の1はオンライン以外で始まったものである。
   ・約4分の1が、誰かがいじめられている内容のビデオや画像を送られた経験がある。
   ・ネットいじめの被害者も、いじめを行う側も、女子である割合が高い。

■第二、第三のアマンダ・トッドを生み出さないために
 時間が経過しても、住む土地を変えても「インターネット」という場所で行われる「イジメ」は彼女を苦しみから解放することは無かった。アマンダ・トッドさんの受けた壮絶なイジメに対して、現在 [http://www.facebook.com/rip.amanda.todd.9696 R.I.P Amanda Todd]というFacebookページが作られ、43万人もの人が彼女への追悼を投稿している。

 ソーシャルメディアに救いを求め苦しめられ続けた彼女の人生だが、ソーシャルメディアによって彼女の死を慎む人々の心を繋ぎ、多くの世界中のメディアがこの問題を取り上げている。彼女の死を無駄にしないために、このハイテク化し陰湿化するイジメを予防する動きが世界で加速するきっかけになることを期待したい。

 ※もしネット上のイジメ等に関して、こんな目にあった、こうやって抜け出した、こうやって予防したといった経験のある方は takashi.ohmoto@gmail.com までご一報頂ければ幸いです。事例として何らかの形でレポートし、対策に役立てたいと思います。



この記事のタグ:


関連する記事

  • 体罰と耐罰

  • URLフィルターでは十分な対策となり得ないネットいじめの実態

  • 米NY州 「ネットいじめ防止法」成立。深刻化するハイテク・イジメ。


  • プロフィール

    大元隆志(おおもと たかし) 通信事業者のインフラ設計、提案、企画を12年経験。異なるレイヤーの経験を活かし、技術者、経営層、 顧客の三つの包括的な視点で経営とITを融合するITビジネスアナリスト。業界動向、競合分析を得意とする。Yahoo!ニュース講談社 現代ビジネスCNET翔泳社EntepriseZineITmedia マーケティングITイニシアティブ、等、様々なIT系メディアで活躍する。SNSビジネス特集でNHK教育テレビに出演。ソーシャルメディア系イベントしては国内最大級となるソーシャルカンファレンス主催者。著書に「ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦」「ソーシャルメディア実践の書」、「IPv4アドレス枯渇対策とIPv6導入」がある。所有資格 米国PMI認定PMP、シニアモバイルコンサルタント等。