@NHK_PR著作「中の人などいない」に学ぶ企業とソーシャルメディアの関り方。

 49万人のフォロワーを持つ「軟式アカウントの老舗」@NHK_PRが本を出した。
タイトルは「中の人などいない@NHK広報のツイートはなぜユルい?」献本頂いたので内容を紹介したい。

 この本は目次構成には無いが二部構成になっている。前半となるP130までは、@NHK_PRさんがTwitterに出会い、アカウントを開設し、Twitterの「暖かい出会い」が書かれている。その後後半はTwitterが一般の人が日常的なコミュニケーションツールとして活用しだした時の話で、東北大震災の時の緊迫したやりとり等が描かれている。

 久しぶりに「面白い」と感じた本だった。

 私と、@NHK_PRさんとの出会いは二年ほど前に遡る。誰もがTwitterでの出会いを楽しんでいた時、フラットに役職も会社名も関係なく「Twitterの○○さんですね」その言葉だけで「友達」になれた、そんな「幻想」を感じていた時代。今、思えばありえないような話のように感じるが、本当にそんな時代があったように思う。だからこそ、当時Twitterに夢中になっていた人達のいくらかは「Twitterは社会を変える」と信じていたのでは無いかと思う。

 この本の前半部分のTwitterに対する期待、興奮、出会いの喜びは、私も同じ時系列を過ごしていたので、「うんうん、そういうことあったね、昔は良かったね」と相槌をうちながら読むことが出来た。

 当時の舞台裏も色々と興味深く読むことが出来た。広告代理店がNHKを訪問し「時代を変える新たな広告手段」としてTwitterを広告代理店はランニングコストのかからない広告媒体だとTwitterを紹介し、3000人のフォロワーをアカウント開設当初からお付けしますとアピールするも、既にNHK_PRが4万人のフォロワーを獲得していると知りスコスゴと退散していくシーンも、なるほど、こんな風にスパムアカウントとセットで、広告代理店は当時Twitterを企業に売り歩いていたのかと、当時を思い出しながらある意味納得しながら読んでいた。

 なぜ、硬いイメージのNHKで、@NHK_PRさんは「ゆるいキャラ」で会話するのか、2010年に私が@NHK_PRさんにインタビューをしたことがあったので紹介したい。


■@NHK_PRさんに聞いた「なぜ軟式なんですか?」
最近の軟式ブームに便乗して、「軟式の方が話題になりやすいし、フォロワーも増やしやすい」そんな短絡的な考えで、軟式アカウントに挑戦している企業も多いのではないかと思います。そこで、ずばり聞いてみました。「フォロワー増やしたりするのが目的だったんですか?」と。

そうすると、全く違う目的がある事がわかりました。単なるフォロワー増やしでは無く、NHKさんならではの課題を克服するための一つのチャレンジだったようです。

NHK_PRさんの狙いは、

@NHK_PR中の人談:
今までNHKという放送局の番組を見て貰えて無かった人に、もっとNHKという放送局の番組を見て貰いたかった。そのためには、「NHKは硬い」というイメージを払拭したかったので、軟式にしました。
そして、@NHK_PRさんが、こう思うのは、もう一歩踏み込んだ考えがあったようです。そこには、民放と、NHKの根本的な違いがありました。

@NHK_PR中の人談:
私達、NHKという放送局は「国民の方々からの放送料で、番組を制作しています。」しかし、残念な事に、全ての国民の方に私達の番組を見て貰えているわけではないという事も理解しています。それには、先程申し上げた「硬い」というイメージで嫌煙されている方も多いと思います。Twitter上で「柔らかく」国民の方と接する事で、今までNHKという放送局に興味を持って貰えて無かった人にも、私達の番組を楽しんで貰えるのでは無いかと思って始めました。

また、直接、視聴者の方と接する事で、忌憚ない意見を頂き、番組作りの参考にさせて貰いたいという思いがありました。

■民放とNHKの大きな違い
民放とNHKの大きな違い、一見わかりづらいですが、それは番組制作費の収入源にあります。

 民放 = スポンサーからの広告収入によって成り立つ
 NHK = 国民一人一人の受信料によって成り立つ

ソーシャルメディアは法人を相手にする商売より、コンシューマを相手にする商売に適していると言われています。民放が法人(スポンサー)相手のビジネスなら、NHKはコンシューマ相手のビジネスと考える事が可能であり、同じ放送局と言っても、NHKはソーシャルメディアと相性の良い放送局と言えます。
(最も、相性が良いといっても、NHKとしては視聴者に何かを買って貰うという事を目的としているわけではないので、必要とする背景は他のリテール業の方とは異なると考えられますが。)

受信料に見合った、番組を提供し、国民一人一人の方々に満足して貰える番組を作り、見て貰う為に今までNHKの番組に興味が無かった層にリーチしたい。そんな思いが@NHK_PRさんにはあったんですね。

■@NHK_PRさんってこんな人
硬い話は、おいておいて、皆さんも興味のあるNHK_PRさん自身についても、色々とおうかがいしたので、紹介したいと思います。

 Q.性別は?
  機密事項です(キリッ)

 Q.身長は?
  機密事項です(キリッ)

 Q.恋人は居ますか?
  機密事項です(キリッ)

 Q.好きな食べ物は?
  ホールケーキです。(ニヤッ)

 Q.専業ですか?
  いいえ、違います。NHKの広報活動を担当しており、番組制作等も手掛けています。

 Q.専業になれと言われたらどうしますか?
  そこまでの覚悟はありません(笑)

 Q.呟きポリシー等はありますか?
  はい、あります。
  Twitterでの呟きは当然放送ではありませんから、就業時間外に一日の呟く内容を決定します。
  その内容を、本業の合間、移動時間等を利用して呟くようにしています。

  また、NHKに持たれがちな「硬い」「つまらない」「融通がきかない」といったイメージを払拭し、
  より広範囲な方々にNHKに興味を持って貰えるように、可能な限り「人間味」を出して行きたいと考えています。

 Q.悩み事はありますか?
  はい、あります。
  NHK_PRの呟きを見て時折、おしかりを頂くことがあります。
  それは、呟きは放送業務には該当しないだろとういう趣旨のおしかりです。

  NHKの業務とは法律で規定された、放送業務以外は許可されておりません。
  放送業務では無いというのは、十分理解していますが、国民の方々の受信料で成り立っているNHKですから
  国民の方々に満足して貰う番組を作るために、視聴者一人一人との対話が番組制作を行う上でも
  大変重要と考えています。

  そのため、あくまでも放送業務では無い、試験サービスという位置づけで実施させて頂いておりますので、
  ご理解頂ければと思います。

 Q.では、楽しい事はありますか?
  はい、あります。毎日頂く、膨大な数のRTやDM等で励ましの声や、
  今までNHKを見て無かったけど見るようになったというような、声を聞くと、やってて良かったと思います。

■企業と軟式アカウント
今回のインタビューを通して、@NHK_PRの中の人の人柄の良さを感じました。ウッフィーが物を言うソーシャルメディアの世界ですから、中の人の人徳が無いと、例え有名企業のアカウントとは言え6万人のフォロワーを集める事は難しいでしょうから、中の人が根本的に良い人と言うのは当然と言えば当然かもしれませんね。

しかし、@NHK_PR の中の人が「良い人」だったので、軟式アカウントの一つの欠点に気づきました。それは、「属人的」過ぎる事です。@NHK_PRさんが短期間の間に6万人のフォロワーを獲得した背景には、@NHK_PRさんの人柄による部分が大きいと思います。

当然企業が自社の公式アカウントを作成する場合には、組織である以上は継続性を考慮しなければなりません。ある日突然企業側の都合でTwitterアカウントを廃止するような事があれば、フォロワーを無視した行為として捉えられ、ソーシャルメディア上ではマイナスイメージが付いてしまうことでしょう。

ですから、「親近感が増す」一方で、「属人的」になりがちな軟式アカウントの運用には注意しなければならないと思います。

「軟式だとフォロワーが増えやすい」等という安易な考えで、軟式アカウントを一度開始してしまうと、担当者の不在時等に「あれ?中の人変わった?中の人が変わったんなら、つまんないからフォロー辞める」という事に繋がる可能性も否定出来ません。

企業マーケティングとしてTwitterの重要性が増してきているとは言え、まだまだ「軟式アカウント専任者」を付ける事は難しいでしょうし、「軟式アカウントの活躍」を人事考課等でも評価しづらいと思うので、属人化を防ぎつつ、個性を出し、対話も出来るという運用方法を検討しなければならないと感じました。

軟式アカウントの運用は、一見簡単そうに見えて、実は色々と難しいのでは無いかという事が今回のインタビューを通して実感出来た次第です。

■属人性を排除するための工夫が必要
マーケティング業界には、ターゲットとする層をより明確にするために、「ペルソナ」と呼ばれる手法が用いられます。事実(データ)の積み重ねによってつくられる、対象としたいユーザーの典型的な特徴を併せ持つユーザーモデルを擬人化(ペルソナ)する。

これを応用して、リーチしたいユーザに好感を持たれる「ペルソナ」を定義し、複数名でこのペルソナを運用出来るような仕組みが出来ると良いかもしれませんね。

もしかすると、こういった対象とするユーザ層毎に受ける「ペルソナ」になりきれる人材を提供する、「軟式アカウント運用サービス」的な物が将来登場するかもしれませんね。

■ソーシャルメディアとの「共創」を本気で考え始めた放送業界
今回、私のような「ICT業界一筋」の人間が、このような放送業界の方々の集まりに呼んで頂けた背景には、放送業界の方々が「ソーシャルメディアとの競争ではなく、共創」を望んでいるという事では無いかと思います。

そのために超えないといけない壁は、法律等、まだまだたくさんありますが、放送業界の方々との意見交換は、大変興味深く面白いものでした。ソーシャルメディアに対する考え方がネット業界出身の人と、放送業界出身の人では微妙に解釈が違っている所があったりするんですね。この辺りは、またおいおい紹介出来ればと思います。

私自身もソーシャルメディアやICT業界動向を取り上げる勉強会を主催させて頂いておりますが、「通信と放送の人材レベルでの融合」を目指して、そういった場に放送業界の方々をお招きして登壇頂き交流の場を提供していきたいと思います。

 ソーシャルメディアのブームが始まり三年が経過しようとしている。既にTwitterでもFacebookページでも呟くことを忘れたアカウントを多数目にするようになった。開店休業状態になっている、多くの企業アカウントは「フォロワー数増加による認知獲得」を目指していたのではないかと思う。

 しかし、当時から私の周辺では「ソーシャルメディアのリーチ力には限界があり、関係を持つべきターゲットを特定した上でリレーションシップを築くことが効果的」と語り合っていた。どれほどそういったことを叫ぼうが「声の大きい」人達の前で、そういう主張はかき消されたが、今でもそれが正しいと確信している。

 この本には「リーチ獲得をあえて目指さなかった宣伝では無い、広報アカウント」の苦悩と考察が詰まっている。

 アカウントのキャラ設定などについても、実際に実践したきたアカウントの裏話だけあって、こういった企業の軟式アカウント、宣伝では無い広報としてのアカウントを検討している人達には、かなり気付きを得る部分は多いのでは無いだろうか。

 また、2010年頃にTwitterを通じてフラットな出会いに胸を暖かくした覚えのある人には、当時を振り返り自分がTwitterを始めた頃の記憶に触れることが出来るのでは無いだろうか。

 誰でも読める柔らかい本になっているが、古くからTwitterをしていた人や、Twitterの公式アカウントの運営をしている方には、特にお勧めの一冊だ。



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  • プロフィール

    大元隆志(おおもと たかし) 通信事業者のインフラ設計、提案、企画を12年経験。異なるレイヤーの経験を活かし、技術者、経営層、 顧客の三つの包括的な視点で経営とITを融合するITビジネスアナリスト。業界動向、競合分析を得意とする。Yahoo!ニュース講談社 現代ビジネスCNET翔泳社EntepriseZineITmedia マーケティングITイニシアティブ、等、様々なIT系メディアで活躍する。SNSビジネス特集でNHK教育テレビに出演。ソーシャルメディア系イベントしては国内最大級となるソーシャルカンファレンス主催者。著書に「ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦」「ソーシャルメディア実践の書」、「IPv4アドレス枯渇対策とIPv6導入」がある。所有資格 米国PMI認定PMP、シニアモバイルコンサルタント等。