「生演奏」や「生の音を知らない」世代が高級オーディオを必要とするだろうか?

先日、ある食事会でこんな会話をした。「私の友人には大のオーディオマニアが居て、オーディオに数億かけている。でもね、大元さん、数億かけたオーディオでも五万円のバイオリンの生演奏に敵わないらしいよ」

私もオーディオに興味がある方だが、それでも自宅のスピーカはせいぜい10万円程度のもので、とても億には届かない。オーディオの世界に嵌ればアンプ一台一千万、ケーブル一本10万円も珍しくは無く、音響にも拘りだせば、それ専用の部屋まで作ってしまう世界。億に近いお金を注ぎ込んでる人が居たとしても不思議ではない。

「生演奏の魅力」を知っていた世代

「そうか、五万円のバイオリンの音が忘れられなくて、オーディオシステムに二億円もかけたのか」と私は思った。本物を知っているがゆえに、本物の音を自宅で、自分の思い通りに鳴らしたかったのだろう、そう感じたのだ。

インターネットもCDも無い頃に育った60代よりも上の方であれば、初めて「音楽」と呼べる物に触れたのは、生演奏だったという人も多いのでは無いだろうか。初めての経験はその人の価値観にリファレンス(基準値)を作り出す。団塊の世代の人の音のリファレンスは、生の楽器、生の人間の声で音楽を体験した人達であり、ある意味「贅沢な耳」を持っているのかもしれない。終戦から復興のため必死に働き、生活必需品が三種の神器と呼ばれ、ラジオやレコード、バンドの生演奏しか無かった時代には「良い音を所有する」というのはある種最高の贅沢だったのでは無いだろうか。

私も団塊世代の父がスピーカやオーディオといったコンポを持っていた影響を受けて、学生の頃はコンポを部屋に置くのが憧れでもあった。

「デジタル音源世代」に高級オーディオは売れるのか?

しかし、今の若い世代はどうだろう。今の20代より下の子達が、初めて耳にする音楽とはテレビゲームのBGMや、初音ミク、全てデジタルで作り出された音楽かもしれない。それらの音を演奏するのはパソコンのスピーカやスマートデバイスのイヤフォンだ。彼らにとっては「生の音楽家の演奏」を聴く機会が圧倒的に少ない。

生まれた瞬間からデジタルの音楽が溢れてる。音楽を所有することも、聴くことも手軽になった。音楽に求めるのは音質ではなく、気分転換や自己表現の一つという感覚の方が強いのかもしれない。人によっては握手権を買ったときに付いてくるオマケ程度に感じてる人も居るかもしれない。

今の世代のリファレンスは「デジタル音源」なのだ。

こういった世代が将来高級オーディオを必要とする時がくるのだろうか?部屋にコンポを置くより、クールなヘッドホンを身に付ける方がスタイリッシュと感じる世代なのだ。

「所有欲」「物余り」「収入」だけでは語れない価値観の変化

団塊世代と今の20代以下の世代のオーディオに対する考え方は、年収や所有欲では片付けられないように思う。そもそものリファレンスの違いが存在するので、収入が増えたとしても高額なコンポにお金を使うことは無いのではないだろうか。

楽器や人の声を保存するために蓄音機の技術が生まれ、アナログな音を再現するためにオーディオ技術は進化を遂げてきたが、今の世代が必要としているのは、そもそもデジタルで作られ、デジタル機器で楽しむことを前提に生まれてくる音楽だ。

そもそも触れてきた「素材」の違いから生まれる「リファレンス」の違い。今回、たまたま例にあげたのが「オーディオ」だが、この「リファレンス」の違いは、これから様々な所でおきてくるだろう。例えばニュースを読むのは新聞という世代と、スマートフォンで見て育ったという世代。書籍は紙が一番という世代と、電子書籍で読んで育ったという世代。

ここを見落としていては、たとえ安価な製品を提供しても購買意欲を刺激することは無いだろう。



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プロフィール

大元隆志(おおもと たかし) 通信事業者のインフラ設計、提案、企画を12年経験。異なるレイヤーの経験を活かし、技術者、経営層、 顧客の三つの包括的な視点で経営とITを融合するITビジネスアナリスト。業界動向、競合分析を得意とする。Yahoo!ニュース講談社 現代ビジネスCNET翔泳社EntepriseZineITmedia マーケティングITイニシアティブ、等、様々なIT系メディアで活躍する。SNSビジネス特集でNHK教育テレビに出演。ソーシャルメディア系イベントしては国内最大級となるソーシャルカンファレンス主催者。著書に「ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦」「ソーシャルメディア実践の書」、「IPv4アドレス枯渇対策とIPv6導入」がある。所有資格 米国PMI認定PMP、シニアモバイルコンサルタント等。