かぐや姫の物語 姫の犯した罪と罰

「かぐや姫の物語 姫の犯した罪と罰」を観た。

恐らく原作「竹取物語」は誰でも読んだことがあるだろう。読んでなかったとしても「竹から生まれた女の子が大人になって月へ帰る物語」とアラスジを聞かされれば「あっ知ってる」と答える、日本一有名なお姫様「かぐや姫」を題材にした映画だ。

観終わった感想は最初から最後まで「竹取物語」だった。現代風にアレンジされたアクションシーンや萌え要素も一切ない。誰でも知ってる物語を映画化する、良くも悪くもジブリにしか出来ない荒業だ。しかし、既に知ってる物語なのに、エンディングで主題歌「いのちの記憶」が流れると、涙が頬を伝う。

この映画の副題「姫の犯した罪と罰」とは何を意味しているのだろうかと考えさせられた。

「姫の犯した罪」とは何か。その美しさ故に多くの男性を虜にしたことだろうか。それとも父の望む幸せを受け入れなかったことだろうか。地上の者では有り得ない「美しさ」と「優しさ」を備えて地上に生まれたこと、そのものが罪だったのかもしれない。しかし、もっとも大きな罪は「思い出」だけを残して月へ旅立ったことに違いない。8月15日の夜に月へと帰るその瞬間、かぐや姫は地上での記憶を全て失う。しかし、姫が生きてきた地上では、かぐや姫を我が子のように育ててくれた父と母が突然娘を奪われ、思い出に悲しみ暮らすことなる。それだけではない、幼い頃を共に過ごした山の仲間達、求婚を迫った帝達の記憶からも消えることはない。やはり「生まれてしまった」こと自体が罪だったのか。

では「姫に与えられた罰」とは何だろう。劇中で地上に憧れを抱いた罰として地上に生を受けたとかぐや姫が語る。しかし、罰はそれだけだったのか。姫は本来鳥や虫達と「生きる」ことを望んだが、高貴な人間として自分の意思とは無関係の暮らしを迫られる。豊かで何の不自由もないように見える優雅な生活を強いられることは姫にとっては何よりも辛い罰だったのではないだろうか。そして月に連れ戻される時、記憶を失った筈なのにうっすらと涙が浮かぶ。記憶は失ってもごく僅かな記憶だけは消えずに悲しみの感情だけが罰として残されたのでは無いだろうか。

「竹取物語」という誰もが知ってる「古典」であるにも関わらず、現代人に様々な視点を与える本作。後世に語り継がれる名作になるだろう。




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    大元隆志(おおもと たかし) 通信事業者のインフラ設計、提案、企画を12年経験。異なるレイヤーの経験を活かし、技術者、経営層、 顧客の三つの包括的な視点で経営とITを融合するITビジネスアナリスト。業界動向、競合分析を得意とする。Yahoo!ニュース講談社 現代ビジネスCNET翔泳社EntepriseZineITmedia マーケティングITイニシアティブ、等、様々なIT系メディアで活躍する。SNSビジネス特集でNHK教育テレビに出演。ソーシャルメディア系イベントしては国内最大級となるソーシャルカンファレンス主催者。著書に「ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦」「ソーシャルメディア実践の書」、「IPv4アドレス枯渇対策とIPv6導入」がある。所有資格 米国PMI認定PMP、シニアモバイルコンサルタント等。