「通信の中立性は見直されるべき」であるという判決の本質

2014年1月14日、コロンビア特別区の米連邦巡回控訴裁判所はFCCの定めた「ネット中立性規則(Net Neutrality)」の一部を無効であるとの判決を言い渡した。

これは、米ベライゾン・コミュニケーションズがFCCに対して「FCCは古い時代の規制をプロバイダーに強要し、むしろ我々の顧客に対して革新的なサービス提供を阻害している」と訴えていたもの。

裁判所はベライゾンの「ブロードバンドアクセスに関してFCCは権限を与えられていない」とする主張は認めなかったが、一方で「FCCは20世紀の通信事業者の条件をインターネット上に課すことはできない」との考えを示し、FCCの新規定を却下した。

※FCCの新規定とは固定ブロードバンドプロバイダーが合法的なコンテンツ、アプリケーション、サービスを差別して通信を遅らせたり、遮断したりすることを禁じ、すべての消費者に公平なインターネットアクセスを提供すべきとしたもの。

今後の影響

ベライゾンは今回の判決について「これまで同様にオープンなインターネットの存続に尽力していく」とコメントしており、今のインターネットが大きく変貌するものではないとしている。FCCは上訴も視野に再検討するとコメントしている。

今回の判決に対する市場の主な懸念はNetFlixやYoutubeといった「健全な動画トラフィック」に対する規制が行われのではないか、という点である。FCCの敗訴によってNetFlixの株価は前日比5%低下している。

ただ、私としては、現状のサービス品質であれば現状にそれほどの変化は無いのではないかと考えている。しかし、今後NetFlixやYoutubeが4K、8Kなどの今より高品質、高帯域を提供するオプションを充実させてきた時には「段階的な課金」が成される可能性は否定できない。

しかし、ベライゾンが狙っているのはそういった「善良なトラフィックに対する課金」なのだろうか?市場の見方はそこだが、私はもう少し先を見ているのではないかと推測している。すなわち「Internet of Things(モノのインターネット)」時代のあるべき通信の姿だ。あらゆる機器がインターネットに接続される時代が到来することを考えると「誰にでも公平」であることが必ずしも良いとは言えない。医療機器の遠隔治療などを本格的に行う時代が到来するのであれば、その通信だけ品質を向上させるなど、きめ細かい対応を提供することも必要になるからだ。

ベライゾン視点では、既に流れてしまっているNetFlixなどの「善良な動画トラフィック」に対する規制が目的なのではなく、やがて訪れる「モノのインターネットの時代」に向けて「スマートパイプ」に進化するために、「全てが公平であるべき」というのは、過去の思想であり、時代にそぐわないと主張したいのだろうと、筆者は推測する。

二回目の敗訴

実はFCCが「ネット中立性規則」に関する裁判で敗れたのは今回が二度目となる。前回はインターネット上に大量に流れるP2Pトラフィックを米コムキャストがブロックした件について、FCCはコムキャストにP2Pの規制を取り除く訴えをだしていた。しかし、2010年4月6日、コロンビア特別区の控訴裁判所はFCCはISPに対して全てのコンテンツに対してオープンな対応を強制する権限は持っていないとの判決を下していた。

ネット中立性とは

そもそも、ネット中立性とは何なのか。ネットがオープンで中立であるきべという「理論」自体は、インターネットの誕生以前から存在していた。電話時代にまで遡るもので電話事業者は通話者の差別や盗聴などを行ってはならないとした法律が、定められていたことに起因する。国によって詳細は異なるが米国や日本でも原則は同じ概念である。

この電話局や郵便局の概念をインターネットに応用したのが、ネット中立性のルーツである。通信事業者は公平なアクセスを担保しなければならず、通信事業者が配送するトラフィックの中身をみたり、とのトラフィックに制限を設けてはならないといったルールが設けられていた。

しかし、通信の特性があまり変化の無かった「音声通話」と比較すると、秒進日歩で進化する「インターネット」を、いつまでも同じ観点で束縛するのはいかがなものか、としたのが今回の判決の本質である。

例えば、前述したコムキャストの例ではP2Pによるトラフィックが通信事業者の設備を圧迫していたことが問題だったわけだが、当時P2P上に流れていたトラフィックの大半は「違法なコンテンツのやりとり」であったのではないかと推測できる(そうであるとされる根拠は無いが、一般論としてP2Pソフトの利用用途としてこのように考えられている)。P2P利用者などの一部のヘビーユーザが大域の過半数を占めるような事態になっていた。この一部の違法行為を行っているかもしれない人たちの通信を、善良な市民の通信料でまかなうのは多くの人は疑問に感じるだろう。

これが、「音声通話」の時代なら、電話をかける時、通話時間に対して従量課金されるのが当たり前だったので、違法な行為をしようとする人に対してもそれなりの対価を支払わせていたため、善良な市民が「不公平な負担」を負うことは無かった。しかし、月額通信料を支払えば誰でも使い放題というインターネットの世界では、それを悪用してインターネットのインフラを低コストで利用できる犯罪インフラとして利用するような人たちが現れだしていたのも事実であった。

「トラフィックの中身の善悪を判断するのは誰か?」などの議論はあるものの、インターネットはもはや一部の研究者だけのものではなく、いまや生活全般において重要な存在となってきたことを考えれば、「全てに公平であるべき」という前提自体が、見直されるべき時期なのではないだろうか。



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    大元隆志(おおもと たかし) 通信事業者のインフラ設計、提案、企画を12年経験。異なるレイヤーの経験を活かし、技術者、経営層、 顧客の三つの包括的な視点で経営とITを融合するITビジネスアナリスト。業界動向、競合分析を得意とする。Yahoo!ニュース講談社 現代ビジネスCNET翔泳社EntepriseZineITmedia マーケティングITイニシアティブ、等、様々なIT系メディアで活躍する。SNSビジネス特集でNHK教育テレビに出演。ソーシャルメディア系イベントしては国内最大級となるソーシャルカンファレンス主催者。著書に「ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦」「ソーシャルメディア実践の書」、「IPv4アドレス枯渇対策とIPv6導入」がある。所有資格 米国PMI認定PMP、シニアモバイルコンサルタント等。