日テレHulu買収への期待

日本テレビが、Huluの日本での事業を買収するという発表が大きな話題を呼んでいる。この買収に対しては、好意的な意見と否定的な意見があるようだ。
好意的な意見ではテレビ局が変わってきたという見方であり、日本テレビを応援したいという声。否定的な意見にはHuluが日本テレビだけのコンテンツで占められるのではといったものや、テレビ局が動画配信サービスを潰しにかかってきた、といった陰謀論があるようだ。

私は日本テレビのネット戦略、マルチメディア対応を2010年頃から見てきており、幾つかは実際に担当者へ取材したりもしている。そこで、第三者の視点で日本テレビのHulu買収について考察してみたい。

インフラとテレビの存在が、動画配信の普及を阻んできた

まず、今回のHulu買収の話に入る前に、動画配信ビジネスと、日本でのこれまでの経緯を簡単に説明しよう。動画配信のビジネスモデルは大きく分けるとこの三つに分けられる。

AVOD(Advertising Video On Demand)
 無料モデル。視聴者には無料で動画を配信し、プラットフォーマは広告で収入を得るモデル。代表例としてYoutube、ニコニコ動画がある。インターネットで一番普及しているモデルである。

TVOD(Transactional Video On Demand)
 コンテンツ課金型。1コンテンツ毎に課金するモデル。Apple TVやGoogle Playがこれに当たる。

SVOD(Subscription Video On Demand)
 定額制モデル。一定の月額料金を支払えば、その期間は映画やドラマが見放題のモデル。代表例として日本国内のHuluがある。

動画配信ビジネスはこの三つを単独で提供する、あるいは組み合わせて事業が運営されている。ちなみに、Huluは日本ではSVODのみの提供だが、海外では一般ユーザ向けにはAVODを、Hulu Plusと呼ばれるユーザは有料会員でSVOD(日本と同じ)の扱いとなり、視聴可能なコンテンツが分けられている。

そして、もう一つ理解しておかなければならない日本独特の風習として、日本にはほぼ無料(NHK受信料)で優良なコンテンツを視聴できる「テレビ」というプラットフォームが存在している点だ。実はこれほど民放が多数有り、スポーツや映画、ドラマを無料で毎日、大量に放送している国は海外にはそうそうない。国営放送は多くの国で無料で放送されているがニュースなどのお堅いコンテンツが多く、娯楽はケーブルテレビやCS、最近はインターネット配信などを利用して「コンテンツにお金を払う」のは当たり前な土壌になっているのだ。

そのため、実は日本でもブロードバンド環境が整いだした2005年前後からTVOTモデルに挑戦した企業は登場しはじめたが「コンテンツにお金を払う文化」が根付いていない日本ではなかなか受け入れられず、SVOD、AVODにシフトする、あるいは事業を中止する企業があとを絶たなかった。また、当時はブロードバンドといってもADSLだったり、パソコンの動画再生能力や、コンテンツ配信のためのCDNと呼ばれるインフラが整っていなかったりと、課金に耐えられる視聴品質の動画を配信するのはインフラ的な観点からも厳しいものがあった。

リモコンのチャンネルボタンを押すだけで、無料で映画やドラマが見れるテレビがあるのに、誰が好んで再生までに数分待たされ、再生中にコマ落ちし、品揃えも悪く、しかも有料というサービスに好んでお金を払いたがるだろうか。こういった経緯もあり、日本では有料視聴型モデルでの成功は難しいと考えられてきたのが、2009年位までの話だった。

もはや、世界最大の放送局はYoutube

しかし、時代は変わる。2014年になり、インフラや技術面での問題はもはや完全に克服していると言えよう。今では世界で最も視聴者の多い「放送局」はYoutubeなのだから。日本テレビも「明日、ママがいない」や「戦力外捜査官」を放送終了後にYoutubeの日テレChannelで配信しており、私は週末にこれらをiPadで視聴しているが、全くストレスは感じない。

既にYoutubeは月間十億人のユーザが訪問するメディアへと育っている。現在インターネットユーザは約24億人と言われており、これが2020年には50億人へ増加すると予想されている。Youtubeの成長がこのまま続くとしたならば、その影響力は世界中に及ぶものになっているかもしれない。

インフラ面の課題が克服され、Youtubeを初めとしたAVOD(無料配信モデル)形の動画配信サービスが普及してきたことで、「面白い無料コンテンツはテレビの前」だけに存在した状況は変化している。むしろ、テレビの時間軸に縛られて放送方式は「いつでも、どこでも、見たい場所で、見たい機器で」を求める傾向の視聴者には「不便」なものへと変わってきている。

こうして、「不便」になったテレビの前から離れだしたユーザ達をターゲットとした、サービスが日本でも脚光を浴びるようになってきた。テレビでは見れないニッチな濃いコンテンツが見れるニコ動やニコ生、BeeTV、NOTTV、Huluなどだ。

インフラ面の問題は完全に克服され、コンテンツに対する課金に対しても徐々にではあるが、見たいもの、より快適な視聴環境には「お金」を払う土壌が育ち始めてきたのだ。

テレビ局もかわらなければならない

こういった状況にあって、テレビ局も時代に対応しなければならない。Youtubeの存在が無視出来ない規模に育った今となっては、「放送局」同士の競争に注力するのではなく、一段上の視点にたって考える必要が出てくる。

コンテンツを保有するコンテンツプロバイダーという側面と、そのコンテンツを集めて配信するアグリゲータとなっていくのかという視点だ。インターネットの世界で成功するには、アグリゲータ、プラットフォーマになることが求められる。Youtube、Facebook、Amazon、彼らは小さなコンテンツを集約することで大きな成功を収めている。

テレビ局はテレビという媒体だけに限って考えれば、様々な制作会社から多数のコンテンツを集めて配信するアグリゲータとも言えるが、テレビというブラウン管の中から飛び出し、インターネットも「含めた」、動画配信ビジネスという視点で日本テレビを考えたならば、日本テレビの放送コンテンツを持っている「一コンテンツプロバイダー」でしか無いのが現実だ。今でもテレビの影響力は大きいが、これからの成長を考えた場合にはプラットフォーマとしての側面も強化していく必要がある。それが、今回のHulu買収の動機だろう。

そう考えると、ネット上の否定的な意見である「日本テレビだけのコンテンツで占められるのでは」であったり、「テレビ局が動画配信サービスを潰しにかかってきた」となるという戦略は、少し考えづらいのではないかと私は思う。

そんなことをしたら、多数のコンテンツホルダーのコンテンツを集めて利益を得るというプラットフォーマの「旨み」がなくなるという点と、国内だけに閉じていれば日本の人口減少とともに収益が目減りしていくのは必然だからだ。

新たな収益の柱としての期待から、Hulu買収に動いたのであり、プラットフォーマとしての「旨み」を捨てる行為に出るとは考えずらく、むしろ積極的に他局に対してもコンテンツ提供を働きかけるのではないだろうか。

オープンかクローズドか

こんなことを言ってもテレビ局は閉鎖的な文化じゃないかと考える人もいるかもしれない。しかし、少なくとも日本テレビの今の戦略はオープン指向であると私は信じている。

ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦」の執筆時に、日本テレビ担当者にこんな質問をしたことがあった。

Q7 JoinTVの発表会等では他局の方が来ていて驚いたのですが、なぜ、日テレさんはオープンな取り組みが行えているのでしょうか?

 自社内で検討すべきもの、他社や個人の方と協力すべきことの分別がついていますね。当然JoinTVのロードマップや番組内容を公開前に話したりすることは出来ませんが、例えばスマホのアプリを作るだとか、スマホのアクセスに耐えるサーバを立てるなんてことは外部の方々の協力を仰いだほうが早くことを進められます。すべてを自社内で提供するよりパートナと協力しないとスピーディな対応が出来ません。

 あとは、これがとても大事なことなんですがJoinTVは日テレだけのためにやっているわけでは無いという思いJoinTVのに関わっているメンバー全員が共有しています。僕たちの目標は広告価値の向上なんです。ご存知の通りテレビに限らず広告収入は減少傾向にあります。限られたパイがあってそれが年々小さくなっているんですね。リーチによる単価も大切ですが、質を高めることをスポンサーの方々に訴求できれば、広告価値が高まると考えています。

 でも、これって日テレだけが考えていてもどうにかなるもんじゃないんですよね。他のテレビ局の方々と意識を合わせて「テレビのソフト」を変えていかないといけないと思っています。そう考えて居るから他局の方とも「広告価値を最大化させる」という点はもっと協議したいですし、僕たちもオープンに関わっていきたいですね。

 だから、例えばJoinTVと同じ仕組みを他局がやりたいと言われれば大歓迎ですし、声をかけてくれれば安く出来る方法を教えますよ(笑)

テレビの主要な収入源である、「広告費」をもっと貰えるようにするためには、テレビがもっと面白く、視聴者に受け入れられるものへと「変わって」いかなければならない。そのために日本テレビは様々なトライ & エラーを重ねている。大きな反響を呼んだ日テレいつでもどこでもキャンペーンも、その一環だ。

恐らくは、トライ & エラーを繰り返し、テレビで放送するもの、パッケージで販売するもの、Huluで流すもの、YoutubeなどのAVODで流すものといったように、「放送局」から、コンテンツの性質に合わせた「複合的なメディア配信事業者」へと姿を変えていくだろう。

もし、それが成功したならば、広告収入で成り立つテレビは万人受けするコンテンツ、課金収入で成り立つHuluではスポンサーの影響を受けないコンテンツといったコンテンツの作り方が成り立つかもしれない。日本テレビは「明日、ママがいない」で大きな批判を受けコンテンツ作りの課題に直面したばかりだった。

何れにしろ、日本テレビの今回のHulu買収は放送業界の中でも大きな注目を集めるのは間違いない。日本テレビが火付け役となって放送業界全体が大きく動き、視聴者中心の姿勢へ変化する一歩になることを期待したい。



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  • プロフィール

    大元隆志(おおもと たかし) 通信事業者のインフラ設計、提案、企画を12年経験。異なるレイヤーの経験を活かし、技術者、経営層、 顧客の三つの包括的な視点で経営とITを融合するITビジネスアナリスト。業界動向、競合分析を得意とする。Yahoo!ニュース講談社 現代ビジネスCNET翔泳社EntepriseZineITmedia マーケティングITイニシアティブ、等、様々なIT系メディアで活躍する。SNSビジネス特集でNHK教育テレビに出演。ソーシャルメディア系イベントしては国内最大級となるソーシャルカンファレンス主催者。著書に「ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦」「ソーシャルメディア実践の書」、「IPv4アドレス枯渇対策とIPv6導入」がある。所有資格 米国PMI認定PMP、シニアモバイルコンサルタント等。