キーマンに訊く。日本テレビはなぜ動画配信に挑むのか?(前編)

日本テレビ メディアマネジメント部 担当副部長太田正仁氏番組終了直後からの「見逃し視聴キャンペーン」やHulu日本事業買収などで、テレビ局の常識を塗り替え続ける日本テレビ。

一連の戦略を手掛けるのは日本テレビ 編成局メディアデザインセンター メディアマネジメント部担当副部長の太田正仁氏。今回は同氏に、動画配信事業の戦略についてお話をうかがった。

同氏は元リクルートで住宅系のサービスやWeb版R25の起ち上げを担当した、ネットを知り尽くしたテレビマンだった。

テレビの視聴率は「今後増える」

–日本テレビさんは、番組を無料で配信する「日テレいつでもどこでもキャンペーン」や「Hulu」日本事業買収など、動画配信事業を積極的に展開されていますが、その狙いはどこにあるんでしょうか?

番組の無料配信にについては、見逃した人のキャッチアップ視聴を目的とした「視聴率向上キャンペーン」と銘打っています。Huluも含めて、コンテンツの視聴機会の拡大を目的としています。

–なるほど、視聴者のテレビ離れを指摘される機会が増えましたからね。

と、思うでしょ。しかし、実はテレビ局関係者の認識では今後はテレビ視聴率は「増える」可能性ありと考えられています。

–えっそうなんですか。

そうなんです。60歳以上のテレビ視聴時間は6~7時間もあり他の世代の倍の時間になっています。日本は高齢化が進むと考えられていますから「視聴率は微増するであろう」というのがテレビ業界の認識なんです。一世帯あたりのテレビ台数の減少や、若年層のテレビ離れが加速する可能性もありますから、あくまで予測ですけど。出典:NHK 放送文化研究所年報 2010 高齢者とテレビ

–では、視聴率はほっておいても増加するわけですから、それ以外の狙いがあると。

はい、若年層の視聴者接点の拡大と、収益モデルの拡大です。
世帯視聴率は微増を予測していますが、若年層のテレビ接触は減少傾向にあるといわれています。いわゆるT/F1/M1層といった10代から30代の男女ですね。

特にモバイルデバイスの普及に合わせて、SNSやゲームなどの中毒性の高いコンテンツを利用する若年層が非常に増えた。そういう場所や時間を限定しないサービスに比べると、家の中でテレビ受像機の前でしか接触チャンスのないテレビは、圧倒的に不利なんですね。彼らにいかにリーチするかということを考えるとインターネットに足場を築くというのは自然な発想だと思います。

収益モデルの拡大については、ひと言でいうと、地上波の他にも収益の柱をつくろうということです。ご存じのとおり、民放は地上波CMが収益の柱です。おかげさまで地上波の収益はここ数年安定的に伸びていますが、長期的な視点では、他にも収益機会を広げていく必要があると考えています。

現在もBSやCSといった柱が育っていますが、インターネットというツールを使った収益モデルも、当然考える必要があるということです。今のところ課金や広告、コンテンツ販売などがありますが、特に課金と広告については大きな柱となる可能性が高いと考えています。

そのために、日本テレビでは二つの施策にチャレンジしています。

一つは「能動的な視聴者を獲得する」ことです。先ほどお話したように、今の視聴者はテレビを見ながら、スマホで検索もするし、ゲームもするし、Twitterで番組の感想を呟いたりするわけです。

私たちにとって損失なのは、テレビを見ながら何かをする、その「何か」の受け皿が、ほぼテレビ以外のサービスだということなんですね。たとえそれが「テレビに関する何か」をしていたとしてもです。なので、「テレビを見ながらする何か」を、そのテレビ局が受ける仕組みにしようということで、「テレビと能動的に対話する」提案を、JoinTVやデータ放送などの番組連動企画で挑戦しています。最近はわずか数分程度の施策でも、100万人を超える視聴者が参加するような規模になってきています。

二つ目はタイムシフトとマルチデバイス化による「接触機会の向上」です。スマートフォンやタブレットの普及で、映像コンテンツは自宅だけでなくどこにいても視聴出来るようになりました。また、インターネットに接触しているユーザは、放送時間に縛られずに好きな時にコンテンツを見たいと思うものです。それらのニーズにテレビ局として応えることが大切だと考えています。

それと、コンテンツに応じて見たいデバイスが違うということも、最近感じるようになってきました。映画なら大画面ディスプレイ、ニュースなら小さな画面のスマホでもいいといった感じですね。コンテンツが多様化する時代ですから、視聴者が見たい時に、見たい場所で、見たいデバイスで見る方法を提供することが、テレビ局としての「サービス」になると考えています。

動画配信事業は、特に「接触機会の向上」に貢献するものと考えています。これらの施策を打ち、若年層を中心に増加している「場所」に視聴者接点を確保していくことが、将来の広告事業の基盤を作っていくと考えています。

–なるほど、良くわかりました。しかし、テレビの視聴率が微増するなら「現状維持」を選択することも可能だと思いますが、そのあたりはどうお考えですか。

確かに、現状維持を選択しても、急速にテレビというビジネスがガタガタになると思っている人は、業界内には多くないでしょう。「録画機やゲーム機、多チャンネル化など、過去に何度も地上波の危機だと騒がれたが、いまだに大丈夫じゃないか」などという声もききます。

とはいえ、少なくとも日本テレビ内の意識は、経営層も含めて現状維持を良しとしていない。テレビがインターネットメディアに可処分時間を奪われているという認識は持っていますし、地上波だけで右肩上がりの成長が望めるわけではありません。ですので、長期的な将来を見据えて今から動いていかなければ、手遅れという状態になりかねません。

現状に甘えていては、長期的には未来を創る40代以下の人達やスポンサーから「そっぽを向かれる」という危機感を持っています。

見逃し視聴キャンペーンの効果は「予想以上」

–視聴者層の広がりなどは確認できたんでしょうか?
はい、絶対数ではなく「率」ですが、若年層の構成比率は地上波に比べて3倍に達しています。若年層の視聴を増やすには非常に有効な施策と感じています。

–「見逃し視聴キャンペーン」の効果について聞かせてください。

予想以上の反響が有りました。

日テレいつでもどこでもキャンペーン日テレいつでもどこでもキャンペーン(見逃し視聴キャンペーン)」の再生回数は3月に開催された「デジテク2014」の時に、3か月間で1,300万回と表示しています。但し、配信用コンテンツが揃ったのが二月上旬だったんで、実質は1ヶ月半程度で稼いだ数字なんですね。

しかも、見逃し視聴キャンペーンは立ち上げたばかりですから、認知が拡大するのはまだまだこれから。コンテンツ数だって、たった5番組+1コーナーだけです。この状況でも、1ヶ月半で1,300万回の再生数を稼ぎ、数百万人規模のユーザーにご利用いただいているのですから、今後「見逃した番組は、見逃し視聴キャンペーンで見る」という視聴習慣が根付けば、大きく成長することが期待出来ます。

視聴率1%が約50万世帯という視聴率の世界から見ると「合計視聴数1,300万」は「大きな数値」ではありませんが、はじめたばかりでここまでの成果ですから予想以上の手応えだったと考えています。

–その規模だと、動画配信による広告収入モデルも成り立ちそうですね。

今はまだまだですが、将来的には可能性はあると考えています。というのも、二年前に欧州のテレビ局のITVやチャンネル4に視察にいったんですね。彼らは当時の時点で日本円換算で70億前後の収益を動画配信の広告モデルから得ていました。

それまではNetflixなど、アメリカ型のアグリゲートモデルの成功事例ばかりを聞いていましたが、イギリスではテレビ局一社だけで展開するサービスに人が集まり、ビジネスになっている。

日本のテレビ局のビジネスモデルはアメリカよりイギリスに近いですから、それを聞いて、これは将来的な柱に成りうるなと感じたんです。ただ、その位の規模になると、動画配信することで視聴率に悪影響があるんじゃないかという声も多かったのですが、彼らは2006年から無料の動画配信をはじめていますが、視聴率には影響が出てないんですね。

–わかります。私も「明日、ママがいない」を初めは動画配信で見ていたんですが、番組のファンになるにつれて「放送時間に見たくなる」という気持ちになってきました。番組放送中だと、視聴者同士がTwitterで番組の感想を呟いているので、ファン同士「同じ時間を共有したい」という気持ちが働くような気になりました。

ありがとうございます。この「見逃し視聴キャンペーン」で番組を見た後の視聴行動について調査を行ったのですが、動画配信サイトで見続けるという人より、地上波に戻る人の方が多かったんですよ。特にドラマとかですといち早く見たいという感情が働いたりするようですね。

私は正直に言うと、そこまでテレビ信者では無いので、このサービスをはじめる前にはそういう行動にはならないかもしれない…みたいに思っていたんですが、調査結果では確かに地上波に戻るという結果になっていました。

–そうすると、今後継続すれば「視聴率向上」につながるでしょうか?

いずれは、視聴率に影響を与える規模のユーザーを動かせる可能性は十分あると考えています。もっとも地上波視聴率への影響に限定した話ではなく、トータルでユーザー接点を拡大できればいいわけですから、そういった人の集まる「場」として、大きな可能性があるサービスだと思います。

現状の認知度が低いにも関わらず、視聴を体験したユーザ数は既に数百万人に達しています。対応番組が増えるとそれに比例してサービスの認知度も向上します。もし「日本テレビの番組は放送が終了しても、無料で見逃し視聴が出来る」という視聴習慣が根付けば、ユーザ数が一千万人を超えるのもすぐでしょう。その規模になれば、視聴率に影響を与えてくるのでは?と思ってますね。

(後編へ続く)



この記事のタグ: ,


関連する記事

  • なぜ、シニアが増えればテレビの視聴率は増えるのか

  • キーマンに訊く。日本テレビはなぜ動画配信に挑むのか?(後編)

  • 「ポスト」その名前と、人格はどうして作られたか

  • 日テレHulu買収への期待


  • プロフィール

    大元隆志(おおもと たかし) 通信事業者のインフラ設計、提案、企画を12年経験。異なるレイヤーの経験を活かし、技術者、経営層、 顧客の三つの包括的な視点で経営とITを融合するITビジネスアナリスト。業界動向、競合分析を得意とする。Yahoo!ニュース講談社 現代ビジネスCNET翔泳社EntepriseZineITmedia マーケティングITイニシアティブ、等、様々なIT系メディアで活躍する。SNSビジネス特集でNHK教育テレビに出演。ソーシャルメディア系イベントしては国内最大級となるソーシャルカンファレンス主催者。著書に「ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦」「ソーシャルメディア実践の書」、「IPv4アドレス枯渇対策とIPv6導入」がある。所有資格 米国PMI認定PMP、シニアモバイルコンサルタント等。